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 2年前に新築7階建てマンションの5階に俺たち家族は住み始めた。片親だったせいもあるし、サナエが通院していたせいもある。とにかく格安マンションだったから見つけて即、手付金を払った。5階だから眺めはいいし、陽あたりに関しては文句も思いつかないほど最高だった。地域環境もまあまあで、都会嫌いの俺には不自由なかった。
「さしづめモニターってとこだろう。高校生風に言うと模擬テストとか」
さっき一瞬見せた真面目さはどこにいったのか、すぐに高道はふざける。俺はここが島だってことすら知らなかった。なんとなく妙な屈辱を感じた。
 高道の話によると、この島は某都市と長い海上トンネルで繋がっていて、俺たちが来たときに通ったトンネルがそれだというのだ。そしてそのトンネルの交通料金がバカ高かったのを記憶している。こんな高くちゃ出られやしないねと煙草の煙をくゆらせて母ちゃんは言った。過去の話だ。
「何のモニターなわけ?」
「聞いて驚くなよ」
「なんだよ…」
「擬似太陽」
「は?」
「人・工・太・陽」
高道は窓の奥で光っている夕日を指差した。あれが偽物。俺もさすがにそう単純には信じられなかった。しかし高道を疑おうとは思わなかった。なぜなら高道は俺に一度も嘘をついていない。そうなると自分を疑うほうがまだ答えを探せそうな気がしてきた。俺はきっと2年間も騙されていたことが信じられないだけなんだろう。なんか悔しい。すごくキツイ。悔しい。ハラワタが太陽よりも熱く、煮えくりかえるを通り越して噴火しそうだ。
「いいねえ。信じてくれると話が早い」
それを高道の気の抜けるような一言が鎮火した。
「それ。それが嘘っぽくしているんだよ。まーいいや、続けて」
「オレの口癖うつってやんの」
「いいから」
それどころじゃなかった。じゃあ本物の太陽はどこだ。空にはない。考え進めていくうちに話の先がうっすら見えてきたから、本かなんかのように一気に読み進めてしまいたい気分だった。
「わかったみたいだね」
高道には俺の急かす気持ちがわかっているようだった。だが何をわかったかまで理解できていなかった。奴の話は俺の理解を三段跳びで飛びこえていった。
「現状から見て、次はグリーンハウスエフェクトってのが来るね。温室効果。知ってる?」
「順をおって話してくれよ」
「順…おってるだろ?」
高道は首を傾げる。俺も首を傾げる。話が一時停滞した。俺はとりあえず考える。高道は、
「まーいいや、温室効果だ。そこまで考えろよ」
無茶苦茶を言うなあと考えながらも、頭のもう一方ではちゃんと考えていた。紫外線が降り注ぐ太陽光もろとも空気を遮蔽した島で紫外線ゼロの人工の太陽を泳がす。しかし人口の増加に伴い密閉空間で逃げ場をなくした二酸化炭素が増えた。いや違う。たかだか2年でそんなに人口が増えるはずがないし、この島の人の出入りはほとんどないだろう。せっかくの閉区間を壊したり、モニターを替えることなどないだろう。

「なんで酸素が減ったんだ」
「いい質問だねえ。それは簡単だよ。数字の上では植物は枯れなかったのさ」
と思うよ、と高道は最後に付け加えた。つまり実際は枯れたということか。実に単純なことだったのだと知った。
「生物TBで習ったでしょ? 生態系はほんの少しでバランスが崩れる。現代の科学は人が考えるよりもずっと自然汚しなのさ。生産者どころか分解者だって生きづらい世の中で食物連鎖が正常に起こるはずないんだ。それに……」
「俺、生物とってない」
「とっとけよなー。まーいいや。現状はわかったね」
俺は頷いた。が、思い返して首を振った。
「待て。温室効果はどこに関係あるんだ」
「あーそうね。なんだろう。言ってみたかっただけ?」
「俺に聞くな」
「そう。じゃ今度こそOK?」
「ああ」
 本当言うと高道ほどわかっていない。だが問題はその先にあり、俺がサナエのことを忘れていなかったからだ。そしてこの薄酸素の島で俺なんかが考えてよい時間はそんなにないのだと思い起こした。その気持ちをわかってか高道はハイスピードで話を進めた。
「植物も夜は呼吸に変わるんだ。だから俺は四六時中光合成ができるように、太陽を追いかける植物を作ればいいんだと思った。それなら少ない数でも酸素を消費しないからプラスに働くだろう。まさに太陽が人工だから為せる技だね。それでオレ、酸素屋を作ったんだ。もうすぐ金が惜しくない時代が来ると踏んで。だけど間に合わなかった。だからオレは太陽を増やした。そしてオレが植物を育てて空気を売ることにしたんだ」
高道は相当前からこの島の異変に気づいていたのだ。だからこそ高校生の身で金を捨ててまで行動を起こしたのだ。それまでは普通の高校生だったのだと聞いて俺はかなり驚いた。高道は高校生だから気づけたとも言った。俺は気づかなかった。
「で、この状態がオレにはやっとで、つまり回復の見込みはない。サナエちゃんは真っ先に亡くなるだろうな。うわー死ぬなんて嫌だなあ。自分で言ってて泣きそう…」
「縁起でもないこと言うな」
と言いつつも俺は辛い未来を直視できないだけだった。高道が無理だと言うなら他の奴にだって無理だろう。こいつは何もなくなる前にできるだけのことをやってみたのだ。そして今は何もなったのだ。ここには電気もない、物資もない、動力がない。
「だからサナエちゃんは外に出すべきだ」


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