そのてのひ



Presented by Miduha.


 私より二つ年下の彼はとても無防備です。
「うっわ、手、小さいっすね」って、初対面の私の手を見るなりそう言って、自分の手から手袋を外すとぬっと私の前に突き出しました。目の前の大きなてのひらにかなり戸惑いながら、でもにこにこ笑っている彼が次に私にどうして欲しいのかわかって、恐る恐るその大きなてのひらに自分のてのひらを重ねてみました。
「うわー、ホントちっちゃい。おれ、このまま第一関節曲がるよ」って彼は笑いました。私にむけられる笑顔のあまりの無防備さにびっくりして、真冬の夜中だったのだけど彼のことを「おひさまみたいなひとだなあ」と思いました。彼を見上げながらそう思いました。

 おひさまみたいな彼はたまに残酷です。
ただ、つきあってください。って言ってくれたら私だってすっごくすっごく嬉しかったと思うのに、
「おれ、あなたみたいに何を考えてるのかよくわからない人は初めてです。だからつきあってみませんか」って言いました。「つきあったらちょっとはわかるかも。」って言いました。彼は告白も簡単にさらりとやってくれちゃうひとで、だから彼女が絶えたことがないんだろうな、とその時ぼんやりとそう思いました。
 私は、
「なんにせよ、私に興味を持ってくれたんだから、よしとしよう。うん、よしとしよう」って半ば無理やり自分を納得させました。だって私はずっと彼が好きだったから、断るなんてできません。
 彼はどうやら私の小さな手がお気に入りのようで、私の小さな手がカップを持ったりパンフレットを開いたりするのを時折興味深そうに眺めています。「そんな小さくてよく動くよね。小さくてかわいくて好きだなあ」って言います。
 彼は私の手がごつくて大きかったら「ツキアオウ」とか言わなかったかもしれません。

 何事にも大雑把で無頓着な彼なのですが、ご飯を食べる時は違います。
 レストランでも、屋台でも、公園でコンビニのお弁当をかきこむ時でさえ、きちんと手を合わせて「いただきます」って言います。もちろん食べ終わったあとの「ごちそうさま」も。その大きな手を合わせて、何か大事な呪文でも唱えるように言います。私はそれを見るといつもにこにこしてしまって、何があってもこの人を許せそうな気までしてきます。先日、彼の「いただきます」を見終えてから、私も手を合わせて「いただきます」って言いました。閉じていた目を開けたら、彼がかじりつくように私を見ていて驚きました。彼はしばらく私を見つめた後、突然にかっと大きな口で笑うと、お皿まで食べてしまうんじゃなかろうかというような勢いで大盛りのカレーをかきこみ始めました。なんなんでしょう、この人は。

 食べっぷりのいい彼は、とても無邪気です。
 一緒に並んで歩いていたりして、ちょっと手と手が当たったりすると、その期を逃すもんかとばかりに手をつないできます。私はちょっと恥ずかしいんですけど、彼は平気みたいです。
 彼の手はいつもさらさらであったかくて大きくて、私はどぎまぎします。手をつないでいてもいいでしょう?って私に笑いかける彼に、キレイな笑顔を返せたためしがありません。彼はどきどきしないんでしょうか。私はします。今でもします。そして、自分の手はいつもじめじめしていて冷たくて小さくて、彼にとってはイイトコナシな手だな、と思います。それでも彼は手をつなぎたがります。「さみしがり」なんでしょうか。手をつないでいると、私の手は彼の大きな手であったかくなります。ぽかぽかします。彼の手はそれに比例するみたいにべたべたじめじめしてきます。やっぱり彼にとってはイイコトナシだなっていつも思います。

 さみしんぼうな彼は、無垢なひとです。
 おうちに帰るとき、本当に寂しそうな顔をします。明日も会えるのに、寂しそうです。いつも私から帰り始めるんですが、なんだか子犬を捨ててるみたいな気がします。捨てたことないけど、多分こんな気分だろうな、と思います。五十メートルくらい離れてから振り向くと、彼はさっきまで二人でいた場所にまだ立っていて、じっとこっちを見ています。彼は背が高いので、道端で立ちすくんでいるととても目立ちます。
 彼は手を振ります。頭上で大きく手を振ります。かなり目立ちます。通り過ぎる人がちらちらと彼を見ています。彼はそれに気づいているのかいないのか、それでも彼は私に手を振ります。大きな、よく響く声で、
「また、あしたー」って叫んでます。とてもとても目立っています。もう手を振られている私まで目立ってます。
 彼は「またね。」って気持ちをたくさんたくさんこめて、その大きな手を振ってるみたいです。
 それに応えて、私も胸元で小さくひらひらと手を振ります。彼がかわいいって言う、小さな手を振ります。
 「だいすきだよ」って気持ちをたくさんたくさんこめて。

 手を、ずっとつないでいてください。
 その手で私を支えていてください。
 そして、
 その手で自分の夢を叶えてください。
 その時あなたを支えるのが私の手であってください。
 この小さな手はそのためにあると思わせてください。

 私が手を振っているのが、彼に見えてたんだったらいいなあ。と、一人にやにやしながら家路につく私です。


かなん。さんのサイト「青空王国。」のキリ番をいっぱい踏んで
相棒のみづはさんにもリクエストを聞いてもらっちゃいました(嬉)
お題は「てのひら」でお願いしました♪

(私、ほとんどいじってないんですけど)オリジナルデザインでご覧になりたい方は
こちら(「青空王国。」内「おくりもの。いただきもの。」)

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